2006年02月23日

デマルコ『ゆとりの法則』3

 可用性とは離れますけど、前に触れたデマルコに関して。

 おととしにデマルコが来日した時、かくゆう私もミーハー根性丸出しで講演を聞きにいってサインまで貰って来ました。
 その時にサインを貰った『ゆとりの法則』をパラパラめくってたら、管理されることを嫌うエンジニアを、聖書の創世記のアダムとイブの話のイブに例えた下りが目にとまった。

イブは、人間の尊重すべき資質をすべて備えている。抑えきれない好奇心、勇気、権威を恐れない豪胆さ。なによりも自分自身の成長に意欲的であり、少しだけでなくすべての約束を果たそうと決めている。
 イブの「堕落」の話を思い出してほしい。神は、楽園のものはなにを食べてもよいが、ただ一つ、善悪を知る木の実は食べてはならないと言い渡す。この木の実はそもそも食べ物ではなく、「理解」である。それを食べれば、知るべきではないことを知ることになり、楽園から追放される。
 これに対するイブの態度は「おことわり!」である。自分自身の成長を狭い枠の中にとどめるつもりはなかった。イブは木の実を食べ、その結果を受け入れる。私も同様の立場に立ったとき、同じような勇気を持てたらと思う。」(下線筆者)

 いかにもソフトウェア開発の現場でのヒューマン・ファクターの重要性を一貫して主張してきたデマルコらしい文章で、何か自分のことを言われてるような気がして、ぐっとくるものがある。
(しかも、これは何もソフトウェアやコンピューターに限った話ではなく、クリエイティブで創造的な職業すべてに当てはまる。そしてクリエイティブでない職業なんて実は存在しない。)

 もっとも、宮仕えの悲しさというか何というか、ただ言われたことに歯向かっているだけでは仕事は進まない。そこのバランス感覚というものも必要だ。
 先の「ダンプが必要なOSを作った覚えはない」についても、色んな人のブログを見てると「これが、これからの新しい設計思想なんだ!素晴らしい!」とかただ讃美するだけのバカがいて、本当にどうしようもない。人知れず世の中を支えているLinuxシステムもあることが分かっていない。そんな人は本当にクリティカルなシステムに関わったことがない日曜プログラマなんだろうな。

kxa00121 at 20:31│Comments(0)TrackBack(0)四方山話 

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